第1話

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「…?…その『良い側近』というのは、私のことですか?」 「当たり前ではないか。おぬし以外に、誰がいる?……だいたい、いつの時代でも、独裁者というのは、孤独なものだ。付き従う部下は数多くいても、皆、独裁者の権力を怖れて媚びへつらうか、権力を利用しようとする者ばかりだ。誰も信用できぬ……。おぬしのように、面と向かって本音を言う者などいない……。」 「正教救国同盟を指導してきた多くの幹部を見てきて、『この国を正しい方向に導けるのは、あなたしかいない。』と確信しましたからね。といっても、あなたのやり方にはついていけずに、かなり口論もしましたが……それでも、食料不足や貴族どもの反乱に対して、何もできなかった他の幹部に較べれば、はるかにマシな幹部だったと思います。過ちを怖れずに、できる限りの対処をしたのは、あなただけですから……。」  数時間後、レオン師は一人で官邸を出た。同時に、官邸の玄関を警備している衛兵が敬礼をする。レオン師は衛兵に軽く会釈をすると、表に待たせてあった馬車に乗り込んだ。 (やれやれ……どうも、ウラジミル師は人民の痛みに敏感すぎる……人民や部下の痛みを、自分の痛みのように感じすぎる……。まあ、その優しさゆえに、部下たちがついてくるのだが……。  そもそも、ルースラントは今、『腐りきった王政』という大病を治すための大手術を行っている最中なのだ。手術に痛みが伴うのは、当然ではないか……。)  レオン師は、馬車に揺られながら考えた。 (人民の痛み以外にも、憂慮すべきことは、山ほどあるだろうに……。 例えば、労働大臣のヨシフだ。もともと秘密警察の幹部だったが、あまりに粗暴な性格のために、ウラジミル師によって、実権を持たない労働省まで追い払われた者……労働省では、さすがのヨシフも大人しくなるかと思われたが、やつは予想外にしぶとかった……。 労働省に移ってからも、ヨシフは密かに秘密警察の者たちと連絡を取りあい、秘密警察の幹部を次々に抱き込んでいるという情報もある。この前、警察大臣のジェルジンスキー師が何者かによって毒殺され、犯人は未だに捕まっていないが、ヨシフのしわざだと考えて間違いないだろう……。ヨシフはジェルジンスキー師を嫌っていたからな……。) 実際、生真面目な神官であるジェルジンスキー師は、野心家のヨシフ師を快く思わず、常に対立していた。
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