第1話

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 さて、革命から十数年が経過したころ――。  ここは、ルースラントの地方にある、小さな町……。 「おーい、シェスタぁ、どこにいるの?返事ぐらい、しなさいよぉ。」  ある、雪の降る寒い朝、アンナは飼い猫のシェスタを探して、街路へ飛び出した。なにしろ、今朝、目がさめた時から、姿が見えないのだ。ゆうべは、確かに、一緒に布団にくるまって寝たのに……。 「んもう、こんな寒い日に外に出たら、風邪ひいちゃうのに……何考えてんのよ…。」  アンナは気が気でなかった。実際、この国、ルースラントの冬は厳しい。夜中には零下数十度に下がることも珍しくない。現に、夜が明けたら浮浪者が凍死していたこともあるぐらいだ。 「でも、おかしいなぁ…今まで、シェスタが夜中に外に出ることなんて、なかったのに……。」  そんなことを考えていると………。  ニャー……ニャー……。  ふいに、前方から猫の鳴き声が聞こえた。シェスタの声だ。 「こら、シェスタ、どこ行って………!!」  駆け寄ってきたアンナは、思わず声をあげそうになった。なんと、目の前には、ボロボロの服を着て、体中、雪と泥にまみれた女が倒れていたのだ。年のころは、二十歳前後だろうか……その顔は、垢だらけで、憔悴しきっていた。シェスタは、この女に寄りそうようにして、鳴いていたのだ。 「……大変…お母さんに知らせなきゃ…。」  アンナはきびすを返し、家へと向かった。 「見つけるのが、もう少し遅かったら、肺炎を起こしていたところだよ。うちの娘が見つけたから、良かったものの……。」  アンナの母は、朝食を作りながら言った。その横のテーブルには、先程の女が座って、ガツガツと飯を食っている。どうやら、何日もまともな食事にありついてなかったようだ。五人分はあろうかという食事を、みるみるうちに、たいらげてしまった。 「……ふぅ……やっと、ひとごこちがつきました。どなたか存じませぬが、ありがとうございます。」  食事が終わると、女は礼を言い、左手にはめていた指輪を外して、アンナの母に差し出した。 「これ、安物ですが、とっておいてください。食事の代金です。」 「いいよ。困った時はお互い様さ。」  アンナの母は、朝食を作る手を休めて言った。 「では、私は、これで失礼します。お世話になりました。あなたがたの優しい心遣いは忘れません。」 女はペコリと一礼し、出ていこうとした。
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