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とりあえず、その日は、女は衣服を着替え、風呂に入って体中の垢を落として、割り当てられた屋根裏部屋でゆっくり休むことになった。さすがに、居酒屋で働く以上、汚い格好で客の前に出るわけにはいかない。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は、リーザ・マフノー。27歳、ここから、かなり南にある、小さな村の出身。」
「あたしは、アンナ・スウォーロフ。この居酒屋の一人娘で、高校一年生。でも、こうやって垢を落としてみると、リーザさんって、本当に美人だね。27歳に見えないって言うか……。」
「うちの村の人は、みんな、実年齢よりも若く見えるのよ。特殊な能力のせいでね。」
「特殊な能力?」
「……あ…いや、気にしないで。能力って言っても、そんなに大げさな物じゃないから。」
リーザは慌てて否定した。そのまま、怪訝そうな顔で見つめるアンナを尻目に、布団の上に寝転がる。
「はー…気持ちいい……何年ぶりだろ、こんなに落ち着くのは………。」
リーザは幼児のように柔和な笑みを浮かべて言った。
「今まで、どこへ行っても、警察に追われるか、住民に煙たがられるだけだった……誰も助けてくれなかった……こんなに、温かく迎えてくれた人たちは、初めてだった……。」
リーザの頬を、一筋の涙が流れた。アンナは、それを、ただ黙って見ていた。
「ねえ、リーザさん、政治犯って、どんな生活をしてんの?」
ふいに、沈黙を破って、アンナが尋ねると…。
……スー……スー………。
おそらく、今までの疲れが出たのだろう。穏やかな寝息をたてて、リーザは眠っていた。
「お待たせしましたぁ。鶏の串焼きセットです。」
大勢の客でにぎわう居酒屋の中、リーザの元気な声が聞こえる。
「しかし、いつ見ても可愛いねえ、リーザちゃん……どうだい?今度、俺とデートしない?」
「やだ、もう…冗談はよして下さいよぉ。私だって、仕事で忙しいのに、デートする暇なんてありませんよ。」
いつも通りの、客とのやりとり……仕事は忙しかったが、その分、毎日が充実しているし、働いてて楽しかった。
実際、リーザはよく働いた。朝の仕込みから、夜中の片付けまで、文句ひとつ言わずにこなした。
「それにしても、リーザは、本当に、よく働くねぇ。アンナも、しっかり店の手伝いをしないと、『看板娘』の座を取られちゃうよ。」
「無理言わないでよ。あたしは学校があるんだから。」
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