第1話

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 母の言葉に、アンナは反発する。  さて、よく働くと評判のリーザだったが……全く問題がないわけでもなかった。夜中にリーザの目が妖しく光るのを見たとか、屋根の上で近所の野良猫と一緒に鳴いているのを見たとか……とにかく、リーザに関しては、変な噂が絶えなかった。ある時は、リーザが生の魚を骨ごとバリバリとかじっているのを見た者がいるという……。  もっとも、アンナの母は、そのような噂を全て否定した。 「おおかた、新参者のリーザが男どもの視線をひとりじめしているから、それが気に食わないやつの流した、根も葉もない噂だろうよ。」  そう言って、店に来る客にも、変な噂に惑わされないようにと、注意した。  だが、あくまでもリーザのことを疑う者がいた。アンナである。リーザは週に一度ぐらいの割合で、閉店後の片付けが終わった後、ちょっとした荷物をかかえて外出するのである。母は片付けが終わると、さっさと風呂に入って朝までぐっすり寝てしまうのだが、アンナは夜中に目が覚めてしまうことが多いので、そうしたリーザの奇行には、なんとなく気づいていた。 (こんな夜中に、どこへ行くんだろう……?)  不審に思ったことも、一度や二度ではない。リーザに問いただしてみても、「え?昨日はずっと寝てたけど……。」という答えが返ってくるだけである。アンナの疑問は、ふくらむ一方だった。 (何だか、すごく気になる…リーザさんには悪いけど、今度、確かめさせてもらおう……。)  もともと、好奇心旺盛な年頃である。怪しいと思ったことは、確かめずにはいられなかったのだ。それから数日間、いつでも夜中に外出できるように準備を整えてから、アンナはベッドに入った。  そして、三日目の晩……。  アンナがベッドに入って寝たふりをしていると、リーザの部屋である屋根裏部屋のほうから、誰かが階段を降りてくる足音が聞こえてきた。  ミシッ……ミシッ……。 (間違いない……リーザさんだ…。)  アンナは耳をそばだてる。  ガタッ……ギイィィ……。  裏口の鍵を開けて、誰かが出ていく音が聞こえる。アンナは急いでベッドから起きだして身支度を整えると、裏口から外に出て、リーザの後を追った。  タッタッタッ………。  ろくに街灯もついていない街路を、リーザは疾風のように駆けていく。
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