第1話

2/47
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
 ここは、ルースラントの西隣にある、ポズナニ王国の首都ヴィスラ……。 「ふう、午前中の講義終わり……お嬢、一緒に昼飯でも食いに行かねえか?」  大学の大教室の中、学生風のコートを着た青年が、側にいる女に話しかける。 「うん。行こうか。」  「お嬢」と呼ばれた女のほうも、軽くオーケーする。女の名は、エリーゼ・リール。実は、この女、ポズナニの隣国であるルースラントからの亡命貴族の娘なのだ。十数年前の革命の際にポズナニ王国に亡命したが、ポズナニの伝統的な貴族社会に、嫌気がさしていた。 「だいたいさぁ、あたしが女だってだけで、外を出歩く時には長いスカートをはかなくちゃいけないし、食事の時でも、おしとやかに食べなくちゃいけないし、舞踏会では毎晩のようにドレスを着て踊らなくちゃいけないし……なんで、ポズナニ王国って、こんなに不便なの…?」  昼食の羊肉をつつきながら、エリーゼは不満そうに呟く。 「仕方ねえだろ。今さら言ったところで、どうこうなるわけじゃなし…。それとも、ここを出て、よその国へ行くか?」  先程の青年がパンをかじりながら言う。 「いや、伝統的な王国ってのは、どこの国も似たようなもんだし…。」  エリーゼとて、ポズナニに身を寄せるしかないということは、わかっていた。ポズナニの言語は、ルースラントの言語であるルーシ語に近く、国王も好意的で、亡命してからも生活に不自由することはなかったからだ。下手に遠い国へでも行こうものなら、まずは言語や習慣を一から覚えなければならないし、その国の国王からどういう待遇を受けるかもわからない。実際、権力争いに敗れて異国に亡命した貴族の中には、亡命先で冷遇されて、失意のうちに死んだ者もいるのだ。  だが、貴族の中には、エリーゼが国王に厚遇されているのを快く思わない者も多かった。彼らの言い分としては、「我が国がエリーゼ嬢をかくまい続ければ、いずれはルースラントに侵略の口実を与えることになる。」というものだった。十数年前の対革命戦争の時は、周辺の大国が一致団結してルースラントと戦ったからこそ、ポズナニへ攻め込んできたルースラント革命軍を撃退できたものの……今度、ルースラントと戦争になれば、周辺の大国が援軍を派遣してくれるどうか、わからない。現在のポズナニの軍事力がルースラントに全く及ばない以上、エリーゼをかくまうのは危険だと言う主張は、説得力があった。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!