第1話

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 そういう状況の中、エリーゼへの嫌がらせは日増しに増えていった。そんな中で、唯一、エリーゼを敵視するでもなく、「国王に厚遇されている亡命貴族の娘」として媚びへつらうでもなく、対等に友人としてつきあってくれているのが、先程出てきた青年、ニコラス・トラヴァツキーである。ニコラスは田舎の商人の息子で、大学に通うために首都ヴィスラまで出てきていたのである。平凡な商人の家庭で育ったニコラスには、貴族のように互いの家柄を較べ合ったり、世間体を気にして見栄をはるようなところは無く、エリーゼも気兼ねなくつきあうことができた。二人ともヴィスラ大学法学部の学生で、学業のこととか、ふだんの生活のこととか、いろいろ話すうちに親しくなり、今では互いに、「お嬢」だの「ニコル」だのと呼び合うようになっていたのである。  そして、そろそろ冷え込みも厳しくなってきた頃の、ある夜……ニコラスが明かりを消して寝ようとした時……。  トントン……。  ふいに、ニコラスの部屋のドアをノックする音が聞こえた。 「誰?こんな夜中に…。」 ニコラスがドアを開けると、そこには雪と泥にまみれたエリーゼが立っていた。 「!?……おい…お嬢、どうしたんだよ!?その姿は…。」 ニコラスの姿を見るなり、エリーゼはニコラスの首筋にしがみついて大声で泣き始めた。 「うわっ……いったい、何があったんだよ!?落ち着いて話せよ…。」  暖炉の前に座ってコーヒーを飲んでいるうちに、ようやく落ち着いてきたのか、エリーゼはポツリポツリと話し始めた。 「実は、さっき神学部の学生たちに襲われて…。」  神学部と聞いて、ニコラスは驚いた。神学部と言えば、かつてルースラントの正教救国同盟の思想に共鳴して革命を叫んでいた学生運動の拠点のひとつだった所だ。 法律の役割を教え、役所や企業での事務処理の専門家を養成するのが法学部だが、それに対し、聖典を研究したり、神の教えを説いたりするための僧侶や学者を養成するのが神学部である。その性格ゆえに、法学部の学生は国家の秩序や機能を維持するための現実的な施策を考えており、平和と秩序を乱す革命に賛同する者はほとんどいなかったが、神学部の学生の中には、貴族の汚職や不正に憤るあまり、庶民を救うためには革命も必要だと考える者が少なくなかったのである。
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