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「……ここまで頑なに人の話を聞かないって、どうよ? スタージャのアイツ等ですら、大体最後まで耳を傾けるぞ? まぁ、そんな事はどうでもいい。少年、お前はお前だけのお前にしかない笑顔を浮かべて……」
刹那。『喜笑』が動く。駆け抜けていく。
100tハンマー故の重量だろうか、撹乱させるために縦横無尽に足をつける度、亀裂が走った。だが、青年の顔色は冴えない。
──コイツ、もう慣れたな。早い。それとも、さっきのおかしな魔法の影響か?
先刻、少年を叩き潰した時の速さで、今『喜笑』は走り抜けている。だと言うのに、何度も合う視線。僅か数分で、反応できなかった速度に対応するとは何事か。
──だが、お楽しみはこれからだぞ。
少年の成長率が、賞賛すべき事柄なのは確かだ。それでも、笑顔は絶やさない。本気を出す。ただそれだけ。
そして、彼の動体視力ですら景色が点と線だけに変化し──
『喜笑』が間際で着地した瞬間、少年の左足が大槌に挟まれ、叩き潰された。反応できなければ、全身が潰されていたのは明白だった。
鼻歌混じりの言葉が最後まで紡がれた時。『喜笑』は今度こそ、ハンマーを思い切り振り抜いた。少年とは充分な距離が保たれていたのに。
しかし、吐く言葉がいくら頭のおかしいという印象を持っていたとしてもだ。彼は、命のかかった戦闘では決して手を抜かない。
扇状に生み出された衝撃波は、周囲の建物を容易く崩壊させた。無論、標的である少年が逃れる術もなく──
両腕を吹き飛ばされ、剥き出しの地面へと叩きつけられる。致命傷はおろか、即死級。だと言うのに死なない。
この世の理から外れていた。一体、彼の少年には何があるのか。何をすれば、殺せるのだろうか。
腕が潰れ、血をまき散らしながらも、少年の顔には苦悶は浮かばない。
こんな非常識な人間は、自分だけでいい。
ならば、ここで死ぬまで殺してしまえ。
『喜笑』の笑みが深くなり、一直線に少年へと追撃を加える為、駆ける。再生しきる前に、幾万の死を与えれば流石に死ぬだろうと考えて。
「……最弱だからと言っても」
千切れた腕の痛みは、治まってはいないだろう。しかし、高速で自身へと向かう『喜笑』を見ても、少年の表情からは恐怖も痛みの様子も感じられなかった。
「何も出来ないわけじゃない」
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