笑顔の独り言を聞いた転生者は。

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どういった経路を経て、彼がその結論に至ったのかは常人には理解できない。 しかし、今、『喜笑』は人として踏み外してはいけない道を、確実に踏み外した。 「…………素晴らしい……この解放感、世界に一人だけという現実は……人をここまで狂わせる! あぁ、これを素晴らしいと評さずに、何と表す? つまり、人は周囲の視線を気にして、生きているという事だ! それはもはや呪いと言ってもいいんじゃないか? そして、今、俺はその呪縛から解き放たれた…………もう一度、言おう……素晴らしいと」 一人で悦に入る『喜笑』。彼は、自分の裸体をさらけ出して、これでもかという位に踊り回る。 腰を高速で前後に振りだしたかと思えば、側転を何十回も繰り出した。全裸という現実を直視しなければ、芸術と言っても過言ではない動き。 「最高だ! 俺は今、幸せの絶頂にいる! こんなに幸せな事があっていいのか? 不幸の次に幸せがあるという説もあるが……まさに、俺の今の状態がそれだ!! あんな理不尽な暴力を受けた後、こんな解放感を手にするというのなら、俺は何度でも…………?」 クツクツと笑いながら、『喜笑』は高速で移動していた。抑えきれない愉悦が表情に浮かぶように、身体全体で喜びを露わにする。 だが、彼の長い言葉が最後まで紡がれることはなかった。そう、一つの異常を察知し、自然に警戒のレベルを引き上げたのだ。 その異常。自分一人だけだと思っていた街並みの中心に、紅茶の中にガムシロップを入れたような空間の歪みが発生したのだ。 「…………」 薄い双眸が軽く見開かれ、珍しく青年の背中に冷や汗が流れる。その歪みの質が、何かとてもおぞましい力を持っていると理解したから──というのもそうなのだが、 ──こ、れは。 歪みが最大限に凝縮し、収縮し、まさに何かを膿出そうとするその瞬間。『喜笑』はとある一点めがけて、脱兎の勢いで駆けだした。 ──ヤバい、ヤバい!! 走り、奔走する。時間にして一秒にも満たない。それでも青年にとっては、一秒でも惜しい。 「ヤ、バい!」 そして、たどり着く。『喜笑』は必死の形相で右手を振り上げ、自分の力を最大限に使い────脱ぎ散らかした衣服を瞬く間に纏った。 「……ふぅ。人生最大の難所だった……これを乗り越えられるという事は、つまり俺は素晴らしい……」
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