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「今まで五感のあった者がそれを失った時、人はいたく絶望する……。だが、少年。君が聴覚を潰したのは紛れもない事実であり、まさにその原因は俺自身にある……。いや、あるのか? 何故? 俺は俺の話を聞いてほしかっただけだぞ……? いや、そんな事はどうでもいい……大事なのは結果。つまり、俺が話を聞いてもらうというミッションは、耳が聞こえない以上、墓の前で聞いてもらうという事しかできないわけだ」
滅茶苦茶な理論。いや、理に適っているかどうかで言えば、間違いなく適っていない。
それでも『喜笑』は嬉々として言葉を紡いだ。続き、血溜まりで動かない少年を指差して──あろう事か腹を抱えて笑い出し始めたではないか。
「この世界がどんな場所か分からない……だ、だが……ク、ク、クハハハ……ハーハハハハハハ!! 随分な様だ! 傑作だな!! ハハハハハハハ、バナナの皮を踏んで、あそこまで見事に転ぶとはまた笑わせてくれる……ブハッ、ハハハハハハハハハハハハハハ」
腹を抱えてうずくまる『喜笑』は気付かなかった。少年の頭蓋から溢れ出した血液が、ジュルジュルと戻っていくのを。
加えて、何がどうなったのかは理解できないが、完全に傷を治癒した少年の瞳に殺意が宿っていたのも。勿論、報いというのは必ずやってくる。
糸目の端に涙を浮かばせ、『喜笑』はやっとの事で落ち着きを取り戻したようだ。そのまま息を整え、
「あ、危うく……笑い死ぬ所だった」
身体を起こした。その刹那。
「それなら死んどきゃよかったのに」
「──な」
青年から見て、何時の間にか自身の前にいた少年がペンを振り抜いた。一切の容赦なく。迅速に。『喜笑』の左目へと。
技量が凄いとかそういう問題ではない。誰しも、人の急所を狙うのは躊躇うものだ。少年の真に恐ろしいのは、その冷酷さか。
「────ッガ、ッハ」
それを象徴するように、のけぞった『喜笑』にあろう事か追撃を加える少年。突き刺した勢いを殺さず、崩れかけた膝を踏み台にし────
高らかに振り上げた踵を、ペンに目掛けて振り下ろした。同時、足を伝って全身に"グジュ"と嫌な感触が駆け抜けていき、そして。
『喜笑』だったものは、ビクビクと身体を震わせながら倒れ伏す。少年の顔には、微塵たりとも罪悪感など浮かんでいなかった。
「…………ふぅ」
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