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それだけ言って、青年はいつも通りの、いつも以上にニコニコ笑顔を浮かべた。名乗ったのだから、名乗り返せとばかりに。
だが、少年の顔は固い。というか、自分の前で生き返った人間を前にして、名前など名乗れるのだろうか。勿論、答えは──
「生憎、怪しい人には個人情報を教えないように、って教えられてて」
「怪しい……怪しいね……確かにまぁ、ん? この俺か? 俺なのか? そもそも俺はこんな訳の分からん空間に来た人間と、恐怖を分かち合おうとしたまでだぞ? それを拒否するどころか、勝手にバナナの皮を踏んで転んだ挙げ句、俺の目にペンを突き刺すお前は怪しくないつもりか……? 俺は、その怪しい少年に名前を名乗ったというのに! そこのとこどう思うよ」
「どう思うも何も、赤の他人に名前を教えようとしたことがほとんどないからね。そんな事、僕には分からないさ」
長ったらしい問いと簡潔な答え。端から見れば、案外仲がいいようにも見えるが、それは少年にとって心外だろう。
「ふ、成る程」
最中、『喜笑』が珍しく小さく溜息を吐いた。しかし、彼の笑みには哀れみと小馬鹿にしたような色が混ざっていて、腹立たしい事この上ない。
「よほど、寂しい人生を送ってきたのだろう。だがな、俺からすれば奴以外の過去を聞いても、そんな程度ですむ話だ……というわけで、アレだ。俺の話を聞いて、お前の人生に潤いを与えてやるっとぉ!!」
放たれたのは、少年が最小限の動作で放ったペン。真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに『喜笑』の眉間を狙って突き進む切っ先は、寸での所でかわされる。
「ちょ、危ないじゃないか……と、という事は、君は俺の話を頑なに聞こうとしないという訳だ。しょうがない……話を聞かせる為……まぁ、ちょっと、いや、かなり本気をだそう。スタージャ二位の全力など……中々見れるものじゃないぞ?」
首をコキリと回して呟く『喜笑』。対する少年は、物凄く真剣な顔付きで。真摯で、澄んだ瞳で返す。
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