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「やってみるといい。僕ほど人の話を聞かない人間も珍しいというものだ。馬の耳に念仏を体現した人間、と評された事もあるくらいだからね」
その少年が見せた表情は、まさしく汚れを知らない無垢なものだった。というか、今までの堕落させるような雰囲気が嘘だったのかとすら感じる。
「いいだろう、ならば戦争だ。ところで、だ。少年は墓の前で語りかけるのは、話を聞かせたという事になると思うか」故に『喜笑』もまた笑みを返して宣言した。
「さぁ? なるんじゃない? よくお墓の前で独り言を喋っている人はいるし。死人に口なしとは言うけれど、死人に耳なしとは言わないから」
「それを聞いて安心した……ならば、遠慮なくやらせてもらおう」
互いの応酬。口先だけの戦い。だと言うのに、周囲に満ちる緊張感は次第にピリピリと。
しかし、その空気も言い回しが絶妙な少年が取り出したもので、ほんの少しだけ溶けた。彼が取り出した物は──あろう事か、三本目のペン。
「……アレか? 俺はもしかしてナメられているのか? 大体、君は幾つペンを持ち歩いている……? もしや、ペンを使い、戦う奇人変人? 収集家だとしても、俺ですら背筋が震えるが……」
長い台詞を吐き捨てる『喜笑』に、少年の表情が曇っていく。だからこそ、痺れを切らして足を進めようとした時。
「あまり俺をナメるな」
『喜笑』の薄い双眸に殺意が宿る。怪物が目を覚ましたのを、少年は気付いただろうか。
背中に手を回し、笑顔の青年が取ったのは、白地で100tと書かれたアイアンハンマー。その異常を目視し、少年は足を止めて小さく呟いた。
「……いやいや」
それが仇となるとも知らずに。瞬間、二人の間に十数歩分の間隔があったにも関わらず────
視界から『喜笑』の姿が消えた。少年がそれを理解したのは、僅かな風圧を横髪で感じ取ったため。
常人にしては、高レベルな認識能力だっただろう。視界の端から端まで姿が見えないという事は、真上か背後にいるとまでは理解していたのだから。
しかし、肉体面では非常に相手が悪かった。前方に半回転し、攻撃を避けようと脳が信号を送りかけた時────
肉が飛び散り、赤が舞った。『喜笑』の頬に付いた血は、彼の真っ赤な舌で舐めとられる。笑顔は変わらないし、血溜まりも完全に沈黙していた。
「……んん、まぁ、アレだな。呆気なかった……という訳だ」
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