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「成程……確かに、確かに悪くはない提案……つまり、俺はこのミッションをクリアした……やはり、不幸を味わった後は相応の幸福はやってくるらしい……そして、クリア……いい響きだ……一文字違えば、俺の天使」
長い呟きは、当然のように空中に消えていく。だが、不自然な事ではない。
この男の言う事にいちいち耳を傾ける事自体、確実に人生では無駄な時間となるのだから。故に、無駄が嫌いな少年は端的に要件を口にした。
「もちろん、僕は君の話を聞く。むしろ聞かせてほしいとさえも思っているくらいだからね。どうだ? これなら、両者に得しかないと思うんだけれど・・・・・・」
「いいね、いいね。俺は今、見知らぬ人に教えを貰い、人生の絶頂にいる……後は、天使が迎えに来てくれる事を信じるまでだ……」
「そうか、それは……良かった」
有頂天。人生の絶頂期。もし、人生のそんな場面に当たったなら、人間は周囲を見渡す余裕など持ち得ないだろう。
例にも漏れず、『喜笑』も少年の顔には一瞥もくれなかった。それだけは少年にとって幸運でしかなかった。
しかし、そうなれば話は早い。『喜笑』は笑みを絶やさず、滑らかに唇を動かしていく。
「よし、では聞け……俺の話を。まずは、そうだな……俺がここに来るまでに至った経緯を話してやろう……『殺戮女帝』という四十間近とは思えない風貌を持つ女がいてだな」
「ああ、ちょっと待って」
「……ん? まだ何か……俺の話を遮るものがあるのか?」
すぐさま制止する少年に、糸目を薄く開く『喜笑』。少年に──というより、周囲に冷たい殺気を向ける。
「いや、立ち話もなんだから」
その殺気を軽く受け流し、少年は少し離れた所を指さした。そこには、今までの戦禍から奇跡的に生き延びた、小綺麗なベンチが。
「ふむ……気が利くな。少年……そして、疑ってしまってごめんなさい」
「いや、いいよ。気にする事じゃない」
そう言って、二人は並び歩く。今の二人の姿は、共に苦難を乗り越えた戦友のようにも見えた。
美しい友情。『喜笑』には友人と呼べる人間は、一人しかいない。もっとも、その友人はことあるごとに自分を吹き飛ばす奴なのだ。
だからこそ、『喜笑』は笑う。ニコニコと。新しい友と話し合える事を期待して──
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