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「……たださ」
「ん?」
ベンチまで後、十数歩の所か。少年が真剣な顔つきで口を開いたので、青年もそれに返す。
「一つ、君に謝らなくちゃいけないことがあってさ」
「なんだ!! そんな事を気にする必要はない……お互い殺し合った仲だ。そりゃあどちらも死ぬ」
「いや、そうじゃなくて。大した事でもないんだけど……」
どこか異常な言葉を吐く『喜笑』。だが、少年は尚も否定の言葉を口にする。いったい何を謝るのだろう。
『喜笑』が首を傾けた瞬間。少年はソレを口にした。
「────ただ、全部、嘘だったってだけの話さ」
少年は、真横にいる『喜笑』目掛けて、今までため込んでいた歪な力を解放する。
反応する合間は与えられなかった。避けることも、叫ぶことも、その瞬間には出来やしなかった。
少年の手のひらを中心にして生み出された大規模破壊。その性質は、豪風を伴って『喜笑』を確実に飲み込んでいく。
悪人の心のように歪み。
裏切りを思わせるくらいに捻り切られ。
優しさを受けた狂人の如く歪曲し。
絶え尽くし、滅び尽くし、壊れて砕けて解して破れて敗れて──全てを全て自身で崩壊させる狂った渦が。
これは冒涜だ。
過去、世界を壊してしまおうと少しでも考えたことがある人間に対しての、冒涜でしかない。
それらの人間がどれだけの鍛錬を積んでも、どれだけ頭を捻っても、これだけの威力は出ないだろう。いとも簡単に放った少年の力は、絶対に純粋な力というものを貶していた。
徐々に災害は真なる災害へと進化を経ている。ただの爆発が竜巻へと変化し、空間や光までもをねじ曲げて────
「ガ、ァァァァアアアアアアアアアアアアアアア……──」
竜巻に切り刻まれていく『喜笑』の叫びをも歪めていった。肉塊から瞬時に戻ろうとも、不自然な災厄は決して彼を逃がさない。
生き返る人間を殺すお手本。
不死を殺す手段。
即ち、殺し続けるという事。
傍目から見れば『喜笑』がもう何回死んだのかは分からない。いや、彼自身にも分からないだろうが。
数秒後────
今まで音のなかった脅威は、遂に空気が弾けるような音をたてて消え去った。そこにいたのは、同時に竜巻に巻き込まれて深手を負った少年と────
美しく、綺麗に保たれた無人の街のみだった。『喜笑』の姿は、どこにもない。
今、この場には。
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