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高速で視界に流れる景色。地を蹴る度に、冗談では済まない粉塵を巻き上げる脚力。だが、今この瞬間の青年にとっては、自身の身体能力などどうでもいいことだった。
何故なら、その青年の真後ろで影の様に付いてくる存在があるから。この怪物から逃げ出して、一体どれだけの時間が経っただろうか。
背後から死の気配が迫ってくる。一歩でも足を止めれば、必ず殺されてしまう。そんな気配が物凄い速度で襲いかかって────
「待て……待つんだ、ちょっと待とう……!! 待て待て待て待て、う、嘘、あれ嘘だから、嘘だから…………!!」
「人の家の厨房に乗り込んで、更には私の胸を揉んだ事の何が嘘と?」
すんでのところで、顔を真っ青にした糸目の青年──『喜笑』が首を下げた。瞬間、彼の頭が今まであった場所に、膨大な量の鎖が通り過ぎる。
神級でなく、神を束縛し、心臓を貫く鎖。人間ごときが喰らえばどうなるかなど想像もしたくない。例にも漏れず、青年は顔を真っ青にして避けたのだが、
「嘘……だろ?」
『喜笑』の悲劇は終わらなかった。振り向いた先に居たのは、腰まで伸びた金髪が緩いウェーブを描いた美女。肌の張りなど二十代のそれだ。
普通に街中で見かければ、ホイホイと声をかけるだろう外見。そんな美女の周囲に浮かんでいるのは──とてつもなく巨大な処刑器具という異常だった。
「さようなら」
「いいおっぱいだった!! とても三十代後半のものとは思」
言葉は最後まで紡がれる事なく、糸目の青年の身体が切り刻まれた。砕かれた。綺麗な黒の華を咲かせた。
しかし、神をも殺す神具の洗礼を余すことなく受けても────『喜笑』は何事も無かったかのように、走り出す。身体だけでなく、身に付けた衣服すらも傷一つない。
「チッ!!」
「怖い怖い。俺を殺しておきながら、舌打ちだけで済ませるとはなんのつもりだ? 一体、両親からどんな教育を……いや、待て。奴からそう調教された可能性はないだろうか? いや、有り得る……な」
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