序章【赤い朧月】

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 教師は自分の能力を前に、完膚無きまでに潰された。  五分の手間も浪費せずに、一方的に手を下した気がする。   「先輩、私わかったんです。私が未だに平和が大好きだって」  頭を垂らしたまま壁にもたれかかる青年に少女は語りかける。  返事が来ないのはわかっている。彼女にとっては好都合だ。    変わり果てた自分を見せられるほど間宮唯の心に余裕はない。  だからこそ、独りで言葉を漏らす。 「じゃあ、そんな理想郷を作り上げるにはどうすればいいか。答えはシンプルなんです……でも、先輩はきっと私の答えを否定するでしょうね」  かつての自分が宿したドグマとは違うオーラが唯の周囲を飛び回る。  クロアゲハの群れが彼女を囲むように踊る。 「私が誰よりも強くなればいいんです。世界が平和を認めないなら、私が世界をねじ曲げればいいだけなんです」  愚痴るように言い、朧月から背を向けた少女は部屋を抜け出そうと早足で歩く。  だが、その足は刹那的に止まってしまった。    背後から唸り声が聞こえたからだ。  唯にとって先輩に当たる青年の声が聴覚を通じて脳を揺さぶったからだ。   「待て……ユイ。こいつはどういうことだ?」  ふと振り返ると朧月がこちらを神妙な様子で見つめていた。  どうやら自分が死んだことも、蘇ったことも自覚しているらしい。  ここで無視をすれば、自分が変わったことを悟られてしまう。  ゆえに彼女は決意した。  できるだけ平静を装って別れの言葉を告げよう、と。 「あはは……よかったですね。先輩は奇跡的に助かったんです。刃物は首を掠めただけだったんですよ」  笑顔を浮かべているはずなのに、その瞳からは涙が止まらない。  知られたくない事が知られてしまう。  わかっているはずなのに、溢れだした感情が抑えきれない。
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