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唯は自分がこれ以上、上手に喋ることができないことを悟った。
精々、かけられる言葉があるとしたら別れの言葉しかない。
「せ、先輩……さよなら。今まで楽しかったです。心地いい夢からは……覚めないとですよね」
とめどなく頬を伝う涙を上司に見せることに耐えられなくなった唯は、その場から逃げ出すように駆けだした。
学園を抜け、人通りの少ない街路を駆け、喉が枯れるほど泣き叫んだ。
苦しむ少女を救う手など存在しない。
悲鳴をあげる彼女の理解者などいるわけがない。
間宮唯が信じられる人とは、二度と向き合えない。
自分のドグマを新しいものに書き換えた対価は、彼女にとってあまりにも大きすぎた。
精神を繋ぐ歯車がぼろぼろと崩れ去っていく音がする。
高熱にうなされているようだ。
いつまで経っても夜が明けない。
二日は走り続けたような気分なのに、立ち止まった先にあったコンビニにあった時計の針は、三十分しか経過していないことを告げている。
「あ…………あぁ」
目の前の現実に打ちのめされたように膝から崩れ落ちた。
どこまで走っても、どれだけ叫んでも、目の前に広がる地獄の景色が変わることはない。
間宮唯は声にならない声で世界を呪った。
「……夜が、夜が明けない」
ぼろぼろと涙を零しながら見上げた空には、深紅の月が浮かび上がっていた。
まるで再び命を取り戻した朧月の瞳の色を思わせる、どろどろとした血の色だ。
ふと彼女は思う。
学園内に取り残した朧月のことを。
彼は今頃逃げのびているだろうか。
自分のように辛い思いをしていないか。
そのような事ばかりを脳裏に浮かべているうちに涙が止まった。
間宮唯は立ち上がる。
よろめきながら赤い月を見上げ、誓いを立てる。
「私が……世界を変える」
誰にも聞き取れないような声で唯は宣言した。
あの時の言葉は半年経った現在も、彼女に活力を与える動力源となっている。
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