第1話

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俺がこの教室に来るのは、今日が最後だった。 父の転勤と言う名目で、この町から出て行くことになった。 せっかくこの町でいい医者に巡り合えたが、母は父との関係を優先させることを選んだ。 先の事を思うと、気が重くなる。 そんなときふと頭をよぎるのは、サクラと話した記憶。 俺は固く、目をつぶった。 どうか、知らないで。 こんな世界があることを。 やってもやっても悪くなっていくばかりの世界があることを。 落ちていくしか選択肢がない人間がいることを。 ただ目の前にある、明るくて楽しい未来だけを見て生きて。 部活は大変だろうけど、ちょっと気が弱いけど性根が優しいからきっとどうにかなる。 冷たい机の上に、汗ばんだ、最後の花びらを落とす。 机に花びらが触れるまでのわずかな間、願い事をした。 どうか、この花びらが無くても笑っていますように。 そして、来年の春、また窓から花びらが机に落ちてきますように。 ふいに浮かんだあの笑顔を、俺は首を振ってかき消した。
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