綺麗ごとでないこと。

10/19

313人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
  「お前さ、その分析力、自分のことに使ったら?」 「へ?」 「そのわりとよく回る脳ミソ、自分のことに使えって言ってるの。そうしたら念願の筆おろ……」  最後は、斉木の大きな手に口を塞がれて言えなかった。むにゅ、というその感触が気持ち悪くてじろりと斉木を睨み付けると、やつもハッとなって慌てて俺から手を離す。 「大きい声で言うなよ、馬鹿」 「……誰もいないのに、馬鹿じゃないの。ああ、気持ち悪い。男の手で口塞がれるとか最悪」  苦笑しながら、斉木も何気なくズボンで手を拭う。気分はよくないけど、そうしたい気持ちは判るので見なかったことにした。 「まあ、それはそれでいいの。俺は結婚するまで守るから。仁志くんみたいに不埒なことはしないんだから」 「……キモッ」  何だかまたオカマみたいな声を出す斉木に呆れて、俺はドアノブに手をかけた。さっきから寒さにも限度があるし。 「あ」  そのままドアを開けようとした俺を呼び止めるように、斉木が声を上げる。  え? と動きを止めると同時に、ドアが開かれる。  軽く手をかけていたから、思わず重心を持っていかれるところだった。 「あ? 何だ、またお前らか」  もう煙草を咥えていた額田先生が、そこに立っていた。 .
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

313人が本棚に入れています
本棚に追加