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「この寒いのに何だ。物好きが」
乾いた冷たい風が吹き抜けていく屋上、白衣姿でやってきた額田先生は、寒さに小さく震えながらも深く煙草の煙を吸い込んだ。
煙草ってそんなにいいものなんだろうか。癖になっていない俺にはさっぱり判らない。
寒いからだろうけど、斉木がぴったりくっついてくるのを少しだけ不愉快に感じながら、俺は額田先生がさっきから何か言いたそうにしているのを察して、黙って待っていた。
額田先生は俺の意味ありげな視線に気付いて、少し視線を彷徨わせる。
それをあえて隠さずに追いかけてやると、額田先生は苦笑した。
「……お前、相変わらず聡いな」
「そりゃあ、長い付き合いですから」
俺の隣で、斉木がうんうんと無言で頷いた。
それが“俺と坂田程じゃないけど”といううざいアピールのような気がしたのは気のせいだと思う。
額田先生は深くもう一服しながら眉間に皺を寄せ、ふうと煙を吐き出した。そして、そのまま落とすように言う。
「蓮見、来年の夏に結婚するって──聞いたか?」
さすがに、時間が止まった。
今耳に入ったことを、自分の口の中でぽつりと呟いて──はあ、と何度も頷いた。
ショックというわけじゃない。ただ、びっくりしただけだ。
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