あの日、どこかに置いて来たもの。

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   堪らず胸元を押さえたところで、癒されたりなんてするはずがない。それでも、何も見なかったことにしてその場を立ち去ることには、どうにも抵抗を感じた。  ……だって、去年から何度ニアミスしてるんだ?  用なんてないはずなのに、もちろん事前に示し合わせてここで出会ったなんて、あるはずもない。おまけに今は俺は名実共にひとり。  愛美さんには彼氏がいるんだろうけど、少なくとも今はひとりだ。  万が一愛美さんに会いにあのひとが現れたとしても──今の彼女と俺は先輩と後輩でしかない。  彼女が言い逃れる為の方便も大丈夫、たくさんある。  咄嗟にそこまで気を回してしまう自分に、だから駄目なんだよ、と思いつつ。  俺は愛美さんの背に声をかけた。 「……愛美さん? 愛美さんですよね」  他の女の人達と同じ柄のジャンパーの肩がぴくり、と揺れる。その瞬間、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。  ──ポーカーフェイスか、と疑われるようないつもの俺、戻って来い。  サラリーマンらしき男の人にティッシュを渡してから、愛美さんは笑顔のまま俺を振り返った。  寒いから笑顔が張り付いてしまったのだろうということがすぐに判る。 .
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