綺麗ごとでないこと。

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  ゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。..。.:*・゚  ロードレーサーを駐輪場に停めていた俺の傍に、人影が忍び寄るのが判った。不穏な気配だと思って振り返ると、そこには怯えたような表情の西川さんがいた。  そういえば最近全然2人で話してなかったな、なんてことを思い出した。  お互い浅く吐く息は、もう真っ白な季節。流華さんと別れた頃着ていた俺のパーカーも、ダウンになっている。 「……どうしたの?」  彼女との関係もまた中途半端なままだったな、と思いながらそう訊いた。訊いたからって、前にした話の続きをするつもりはあまりなかったけど。  すると、西川さんは意を決したように俺と視線を合わせた。 「あの……お姉ちゃんから電話があって……」 「……さなえさんから?」  訊き返すと、西川さんはコクンと頷く。自分でスルリとそう口にしておいて、俺は妙な気分になっていた。  ついこの間まで口にする度、複雑な気持ちにさせられる名前だったのに、今、近所のお姉さんの名前を口にするみたいに自然だった。  流華さんとのことが無駄なことではなかったと、今自覚させられるとはね。  妙な感慨に耽りそうになりながら、流華さんのことを思い出してもあまり疼かない自分の胸にも気付く。  きっと自分の人生のやり方はこういう感じなんだろうな、と思い直した。  つまずいたことも、判らないことも、納得できないことも色々抱えて歩いて──時間が経ってからその意味が判ってくるような。  きっとみんなそうなんだろうけど、俺は人よりほんの少しだけ、自分で意識して抱えるものが多いんじゃないか、って思った。未だ胸の奥で焦げ付く、もうひとつの恋とか、ね。  俺は西川さんに向かって微笑んだ。 「話をするのはいいけど、放課後にしようか。今からだったら、いやでも長倉さんに気付かれたりするだろ?」  俺がそう言うと、西川さんはあっと肩を竦めた。どうやら、俺と話をしたくて必死だったらしい。  ……あまり今後関わりたくない人とは、早く話をつけておこう。  俺の中にそんな計算があるだなんて悟らせはしないけど。  西川さんの胸をすっきりさせてあげたいって気持ちも、あながち嘘じゃないから。 .
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