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「いや、まだそういうの早いか。来たからって別に何もしないけど」
「ま、まだって。何もしないって、坂田さん……!」
「何なら、佐久間連れてきてもいいけど」
「だ、ダメですそんな、収とか、図々しい……!」
どういう意味の“図々しい”なんだろうと疑問を持つと、その場で爆笑してしまいそうになった。
少し残念な気持ちになりながら、“また今度にしようか”と言おうとしたら──。
あの雨の日みたいに、織部さんが自転車を支えながら俺の服の裾を軽く掴んだ。
「……?」
「……」
「どうしたの」
「……」
「……」
時間も気になるし、困り果ててしまった俺に、織部さんはポツリと言った。
「……い、行きたい、です」
……一回外しておいて、それは卑怯だろう。
「佐久間抜きで?」
こくん、と無言で頷く。
髪が揺れて、ちらっと見えた耳まで真っ赤だった。
ここが住宅街で、彼女の家の近所でなかったら、そこに顔を寄せて遠慮なく噛み付いて嘗めてしまっただろうな、と思った。
年齢のわりに強固な自分の理性に心から感謝しつつ、俺は平静を装って肩を竦める。
「じゃあ、明日。俺が学校まで迎えに行くよ」
「……いいんですか?」
もちろん、と頷いて。
俺の方だってもう少し話していたかったけど、いい加減時間がぎりぎりなので、彼女が門をくぐるのを確認して、その場を離れた。
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