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その記憶は、数ヶ月経った今もしっかり残っているが。
怒られても、ちょっとくらい引っぱたかれても構わないから、もう1回あの口唇に触れたいな……なんて。
おいしそうにペットボトルの紅茶を口に含んだ彼女を見ながら、その手の欲求がむくむくと湧き上がってきた。
ただの自分勝手なら、たぶん我慢したと思う。あるいは、昼間であったなら。
バイトの帰りに彼女に電話をしたのは、半ば賭けのようなものだった。
夜、呼び出して──出てきてくれなければ気のせいだと思うことにしようと。
出てきてくれたなら、彼女の顔を見てどうするか決めようと。
織部陽香は、すぐに出るから近くのコンビニで待ってて、と言った。
彼女の戸惑いはいやというほど伝わったが、声が困ってなかった。
嫌われてないことは、とっくに承知している。なら、それがどの程度か確かめれば済むだけの話だ。
……とか、えらく強気な決断をして、彼女にハッタリをかましたことは、気付かれていないと思う。
『嫌だったら、逃げてもいいけど』
口ではそう言いながら、もし本当にそうされていたら本気でしばらく落ち込んだだろうと思う。
嫌われていない……という妙な自信が前提としてあるだけに。
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