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そんな自分でも、いつでも取り返しはつくのだと──何も知らない陽香が、無言のうちにそれを教えてくれているような気がして。
……どうしよう。
さっき送ってきたところなのに、彼女をこの夜の暗がりのうちに連れ出して、抱き潰してしまいたい衝動に駆られた。
まあ、そんなことは到底できっこないけど。
一番おいしいものを最後まで取っておくタイプではなかったけど、そうする人の気持ちが今は判る気がした。
『ねえ、聞いてます……?』
遠慮がちに、けれども不満そうに言う陽香の声が聞こえて、俺はハッと夢想から引き戻された。
「ごめん、今煙草落としそうになって。何て言ったの?」
『もう』
漏らされたのは不満なのに、甘い棘を刺されたような気分になる。
ジワリ、ジワリと心に沁み行く、痛いようなこの甘さはひとつずつしっかりと、その痕を俺の中に残していくようだ。
『仁志くんの考えてること、あたしには全然判らないんだもの』
「うん?」
『仁志くんは、あたしの考えてることなんてお見通しなんだろうけど』
「別に、そんなことないよ」
『ううん、いつも全部、結局仁志くんの思い通りになっちゃう気がする……』
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