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だってこのアザは、仁志くんの口唇がここに触れていた、という揺るぎない証拠。
今、ここに彼はいないのに──痕がその存在をいやと言うほど主張して、あたしの心臓をいたずらに叩く。
不在、という名の存在。
そう思った瞬間、急に切なくなった。
彼が足りないと、胸を啼かせるのは仁志くんがいないからじゃない。
あたしが、“仁志くんがここにいなきゃ切ない”と感じてしまうからだ。
Tシャツの襟でそのアザを隠しながら、あたしは思わず泣いてしまったりなんてしないように、大きく深呼吸をした。
痛い。
胸が、痛い。
だけど、耐えられない程ではなくて──甘く疼いたりもして。
その甘い瞬間が、けっこう癖になるのかも知れない。
タオルで髪を纏めながら、ふと今日の昼のことを思い出した。
信じられない話を立て続けに聞いたせいか、情けないことにあたしは山崎さんの前で眩暈を起こしてしまった。
山崎さんはすごく心配そうにして、あたしを保健室まで連れて行く、と腕を貸してくれた。
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