プロローグ

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――廃工場での出来事だ。  ペダルから足を下ろし、俺は薄ら髭の生えた顎に手を当てて建物を眺める。思えば今日で家出も三日目、そろそろ帰った方が体裁上良いかも知れない。一応高校生なのだから。  チャリンコをシコシコと漕いでいるとその余りの作業的高揚に周りが見えなくなってしまう現象(サイクリングにおけるランナーズハイの様な物であるのだろうが浅学な俺はこれに名前があるのかを知らない現象)に陥ってしまい、気付けばそこは街灯すら情けない、人気のない場所に来ていた。  それは深夜の廃工場、金属である部分は悉く錆を纏い、コンクリートは黒い染みを点々と映していた。外から見ると全体的に沈みきった雰囲気、夜のど真ん中であるこの時間帯だとそれがとりわけ強調されている様に俺は思う。更に周りは山に囲まれてと来た、不気味さの役満デパートだ。  もっとも太陽が昇っていようがここが不気味であろう事は容易に想像出来る訳で、興味を持つ事も無い……いや撤回、持ちたくも無い。そんな普段ならば間違い無く見過ごす風景の一コマなのだが、俺が自転車のブレーキをこの場所で握ってしまったのには当然の如く理由がある訳で。  音がした。弾ける様な――発砲した様な音がしたからだ。
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