遠くまで見える場所

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景色がゆっくりと速度を落とし、そして止まった。 「ここです」隣に座る黒服が、そう言ってドアを開いた。 彼に続いて車を降りたリュウトは目の前の建物を見上げた。彼らの選んでくるものはいつでも同じだ。高級ホテルのなりそこない。 「荷物はすべて部屋に運ばせています」 黒服のその言葉に少しの注意も示すことなく、リュウトはホテルに入っていった。 ロビーにあるカウンターの後ろには、制服を着て白髪をぴったり撫で付けた年配の男がひとり立っていた。恐らくここの支配人だろう。 「いらっしゃいませ」彼は頬の筋肉を緊張させて笑顔を作った。「お待ちしておりました。ご要望通りのお部屋を用意しております。こちらがその鍵になります」 リュウトは礼を言うと鍵を受け取った。番号札に刻まれた部屋は確かに「ご要望」に忠実だった。これほど特徴のない、ありきたりな部屋もそうないだろう。 床に並べて置かれていたスーツケースも開こうとせず、リュウトは寝台に体を投げ出した。スプリングの硬い弾力と耳障りな軋み。彼はカーテンの開かれた窓に目をやった。
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