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当時26・27歳だった高津は、文科省の上司と共にこの店を訪れた。
初めての来店のはずなのに、高津はこの店に妙に似付かわしくて、最初から人目を引いた。
あさ美は当時20歳になって、ホステスとして店に出始めたばかりで、カクテルドレスに着られていて、高津達のテーブルに着いた時はオドオドしていた。
「いらっしゃい、ませ。」
「あさ美ちゃん、緊張しなくていいよ? 今日の相手は俺の部下だからさ。なあ、高津?」
高津はにこりともしないから、あさ美は余計に緊張する。
「そんなに仏頂面するなよ。あさ美ちゃんが怖がるだろ?」
「……課長、話はなんでしょうか?」
「お前も、大概、せっかちだよなあ。……まあ、一杯、飲んでからにしろよ。」
課長はやれやれと言った顔をして、おしぼりを受け取ると手を拭く。
課長に「水割りを二つ」と言われて、あさ美は慣れない手つきでウイスキーのボトルに手を伸ばした。
「――お前に頼みがあるんだ。」
「何です?」
あさ美はぎこちなくグラスを渡す。
課長と高津はそれぞれ水割りを口にし、高津は眉間に皺を寄せた。
「……濃い。」
「え、あ、ごめんなさい。」
あさ美が青い顔になる。
「ちゃんと量を測って入れた?」
「え……あ……。」
高津が眉間に皺を寄せたまま詰問すると、課長が制した。
「高津、頼みたい事なんだがな、まさにそれなんだよ。その子に美味しい水割りの作り方を教えてやってくれ。」
高津は少し目を見開くと課長を見る。
「ママからお願いされたんだが、俺じゃ上手くいかなくてさ。いかんせん、濃い時が多いから、味を判断してる間に、俺が潰れちゃうんだわ。」
「それで、何故、私なんです?」
「お前が酒が弱いなら、それも面白いかと思ってさ!」
嬉々とした表情をして言う課長に、冷ややかな視線を高津は投げる。
「そう、睨むなよ……。あさ美ちゃんが覚えるまで、半額にしてくれるってママも言われてるし、悪い話じゃない。……だろ?」
あさ美は悄気て横でうなだれてるから、高津はため息を溢す。
「……分かりました。あさ美ちゃん? 俺が作って見せるから、真似て。」
「はい。」
その夜以降、不思議と高津は律儀に「はなの」に通ってきた。
課長の頼みはどうでも良かったのだが、あさ美の一生懸命さが昔の自分を見ているみたいだったから、放っておけなかったのだ。
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