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(『亜希ちゃん』は俺の知らない亜希になっていく……。)  亜希が二度と帰ってこないからか、それとも亜希ちゃんを愛することが怖いからか、急に息苦しくなった。 (……なんでこんなに胸が痛いんだ。)  久保は顔を歪める。  ――答えが出ない。  亜希も亜希ちゃんも元は一つだから、仕草は殆どかわりない。  声も、姿も、表情も。  それでも一緒に苦楽を過ごした日々を亜希ちゃんとは共有できそうになかった。  亜希のかつての声が胸に駆け巡る。  自分の方に振り返り、沈丁花の香りを振りまいた亜希が。 『私、先生が好きだよ。多分、恋に恋してるのかもしれないけど。』  それでもいい。  「忘れただなんて、冗談だよ」と笑って欲しい。 『答えは今は要らないの。いつか消える淡雪だといけないから。』 (……俺も大好きだよ、亜希。)  淡雪どころか残雪として残っている想いに心が凍りつきそうになる。 (――でも、もう見つからない。)  それが哀しい。  その癖、自分の泳ぎを「綺麗」と言う亜希ちゃんも愛おしく感じる自分に戸惑う。 『……久保セン、こんなとこまで水泳するの?』  久保は深呼吸をした。  ちょうど水中で長い間潜っていられるように吸うのと同じように、深く一気に体に空気を取り込む。 (今は傍に居たい……。)  そして、細く長く呼吸をする。  体の中の疲れを空気中に吐き出きると、最後に深く潜水するイメージで枕に沈み込む。  と、携帯電話が鳴り、ぴくりと耳を傾けた。  ランプが点滅する。  久保は躊躇いがちに通話ボタンを押した。
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