1 今、居ることへの懐疑的思考を伴う僅かな欠片

2/7
6686人が本棚に入れています
本棚に追加
/255ページ
   私は、右腕を失った男性のためにピアノの小品を書くことにした。  短い序奏の後に奏でられるテーマは簡潔で、十分に人の心を浸潤できるものだと思う。  点在する湖沼のほとり。そこに根をおろす植物の吹き芽にも似た馥郁(ふくいく)たるメロディだった。  命の輝きを譜面に塗り重ねたような音たち。  曲を献呈する相手は、私にとって永遠の友であり、かつ英雄でもある。  その人の名は、初巳瑠音(はつみるおん)  ◇◇◇  20×8年4月12日  その日私は、久しぶりに優真(ゆうま)の熱い体に抱かれていた。  「しばらく見ない間に、胸おおきくなったな」  優真はそう言うと、私の体を触った。  まるで、一つ一つの部位を確かめるように弄ぶ彼。  私は人の体調や心情が、快感と密接に関連していることを改めて実感した。 .
/255ページ

最初のコメントを投稿しよう!