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裕子の口からは質問ばかりが出た。
目の前に雅文がいるというのに、雅文がそこにいないと感じてならなかったからだ。
話しかけても頷くばかりの彼は、本当に雅文なのかという思いまでしてならなかった。
と、雅文の口が薄く動くのが見えた。
「聞こえない」
はっきりと言って欲しい、と裕子はぴしゃりと指摘する。
雅文は一度咳払いをし、もう一度話し始めた。
今度こそちゃんとしたものが聞こえればいい、と裕子は期待する。
「全部、自分の弱さ、です。言うべきだった、早く言わなきゃ、いけなかった」
「あなたは私に言う前にブログに書いてる。みんなに言ってるじゃない。順番、違うじゃない。なんで? そういうのってちゃんとするべきなんじゃないの? 私が聞きたいのってそこだよ。なんで、私がいなかったの?」
まただんまりが現れた。
その通りだから雅文は反論出来ないのだろう。
「ブログ読んだ時ね、驚いたの。ショックで固まったのよ。でもあなたは幸せなの。ねぇ……幸せ?」
幸せ、なんて余計な事を聞いてしまった、と裕子は後悔した。
雅文を見たくなくて視線を反らす。
雅文の視線は感じるが、変わらず黙ったままだ。
見ている事しか出来ないようである。
裕子はまた煙草に火を点け、煙を作る。
薄くすぐ消える壁でも、一瞬でも欲しかったからだ。
そして、言った。
喋れない雅文のために。
「安心して。私はあなたを好きじゃない」
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