208人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
そう裕子の中で疑問が残った。
いや、すでに終わっている。
言う事は何も、残っていない。
「……ふふっ、楽しかったよ。本当に。でもさ、最後に殴らせてくれる? それとも、断る?」
雅文は首を振りながら、店の外でなら、と言った。
裕子は煙草を潰し席を立つ。
最後のお願いがこんな事か、と裕子は言う通りにしてあげた。
店を出ると夜は更に更けていた。
気づけば二時間も時が過ぎている。
そんなに話をしていたんだ、と裕子は店の入り口のそばで雅文と対峙した。
「幸せに。いい男でいてね」
微笑みながらそう言った裕子は、雅文が声を出す前に、答えを聞く前に、思いっきりその頬に平手打ちをした。
そのまま踵を返した裕子は歩き出す。
さよならは言わない。
言ってあげなかった。
手のひらがじんじんと鳴いている。
愛していた男の最後の感触は、熱く、とても、痛かった。
最初のコメントを投稿しよう!