十六

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そこへ一台の車が近付いて来るのが視界に入った。 数少ない此処の住人か只の通りすがりか、とにかく何事もなく通り過ぎてくれることを願ったが、車は公園の出入り口付近に停車した。 彼女が期待に満ちた声で囁いてきた。 「ナンパかな?」 さぁ?とアタシは肩を竦めた。 だが車からは誰も降りて来ない、スモーク仕様で車中の様子が伺えないから少し怖い。 でもこんなもしもの時を想定して電話ボックスに一番近いベンチに座っているから対処はできる。 「ナンパじゃないのかな?外車だからお金持ってると思ったのに…」 残念そうな彼女の声に、人の気も知らないでと思いつつ改めて車に視線をやると、確かにTHE外車という感じの長四角い車だ。 だから勝手に乗り手もそれ相応なロカビリーチックなオヤジだろうと思った。 だが暫くして降り立ったのは二十代半ばくらいの若い男だった、予想外だ、それ以外の言葉が思い付かないほどに予想外だ。 彼女が一変して色めき立った。 「ヤバっ、カッコイイ!こっち来るよ、どうする?」 白シャツに黒のスラックス、細身で狐顔のその男は正面に立つと、パンツの両ポケットに手を突っ込んだまま不機嫌そうに顎をクイッと突き出した。 「使うの?」 男が何を言っているのか理解できなかった。 奈緒を見ると、彼女もまた首を傾げ返してきた。 その様子に男はあからさま大きな溜め息を吐くと電話ボックスを指差した。 「電話だよ!使うのかって聞いてんだよ!」 アタシはハッとして跳ねるように立ち上がった、まさか電話だったとは。 端からナンパだと思い込んでしまっていた自分が恥ずかしかった、これでは彼女と大して変わらないではないか。 その負い目もあり、電話ボックスに近いこのベンチに居座っていては失礼だと彼女に移動を促したのだが、彼女は頭を振ると煙草に火を点けた。 「あの人が終わるの待ってる」 「は?待ってどうすんの?ナンパしてくるとでも思ってんの?電話使いたかっただけだよ?」 「逆ナンする」 「…ジョーダンでしょ?」 彼女は返事の代わりに本気だと言いたげな視線を向けてきた。 「勝手にすれば?」 そう一旦は出入口に向かったのだが、やはり置いて帰る訳にはいかず引き返した。 そして一人離れたベンチに座り成り行きを見守る事にした、逆ナン成功なら送り出し、失敗なら慰めてやるかと。
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