君だからそれをあげたい。

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   今までに味わったことのない幸福感と、やっとここまで来たという達成感と、色んな衝動が混ざり合いながら、そんな駆け引きをしている気にさえなった。  可愛くて仕方なくて、ずっと俺のそばにおいて守りたいと思うのに。  どこかで、この娘には負けられないという思いもある。  ……不思議な女の子だよね。本当に。  俺に帰されるんではないか、なんて心配でもしているのだろうか。今から行くから、なんて電話で言われていたら「……とりあえず明日まで辛抱しようか」って冷たいことを俺も言えたと思う。  けど、俺に会いたがっていた気持ちをあからさまにした陽香の顔を直接見せられて、それでも同じことが言えるのなら。  あのとき陽香にささやいた一言は、嘘になると思う。  マンションのロビーのガラス扉の前で佇む陽香を見ながら、3段しかない段差をゆっくりと上がる。  1段上で棒立ちになった陽香は、何か言われても聞くまい、という決意を込めて俺を見つめ返してきた。  手を伸ばせば届きそうだから、その両手を捕まえに行く。  陽香の両手は逃げることなく、俺の手に包まれる。俺に触れられるのは、もう怖くも何ともないはずだ。  そんな妙な確信に従いつつ、少しだけ背伸びをして陽香の口唇に口づける。  ふわりと口唇を押し付けて、ちゅっと軽く吸った。陽香の頬が、ほんのり赤く染まる。  ……別に、今のくらいなら誰に見られてもかまやしないし。  一瞬にして潤んだ陽香の瞳から、決意を込めた鋭さがほどける。 「明日って、約束してたのに」 「……だって」 「お昼は? まだなんだろ」  こくり、と陽香は頷いた。 「だって、最後、現国のテストが済んで……そのまま、ここに来たから」  ぼそぼそと恥ずかしそうに言うもんだから、ぷっと小さく笑いが漏れる。 .
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