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「おい、仁志。寝るなよ、こんなところで」
ぽこん、とテキストが頭を撫でるように触れていった。
バシン、と叩ききれないのがいかにも気弱なこいつらしくて、俺はのろりと視線を上げる。
でも気弱な割に、宣言通り俺を呼び捨てにする。まあ、どっちでもいいんだけど。
「……寝てないよ。でもおはよう」
「オハヨ、じゃねーよ。もう昼過ぎてんだろ」
くくく……と肩を揺らして笑いながら、斉木は俺の隣に腰を下ろした。
大人の階段を昇った斉木の背に、心なしか自信の2文字が乗っている気がして、俺は含み笑いを更にかみ殺す。男というのは単純だ。もちろん、俺も含めて。
あれほど“斉木のようにデレデレすまい”と心に固く決意したのに、今の俺は完全に腑抜けていた。
……さすがに斉木のように顔を緩めてはいないけど。
テスト週間に入った陽香と、もう3日は会っていない。
バイト先にも寄らないように、彼女には言ってある。
顔を見たくないわけではなかった。むしろ、その逆で。
……テストを控えた高校生相手に、放課後デートくらいで俺の気が済むとは思えなかったからだ。
だったらすっぱり絶ってしまって、テストが終わるのを潔く待とうと思った。
陽香を朝から晩まで、独占できるような日が来るまでは。
彼女は受験生なんだから、程々にしないと……なんて思いつつ、去年の今頃の自分のろくでなしっぷりを思い出して、頭からぶっ倒れたくなる。
……本当にね。
去年の今頃は、1年後の自分がこんなに無様に恋に堕ちているだなんて、かけらも想像していなかった。
人生、何が起きるか本当に判らない。
中学生の最初のときは、もう誰も好きになることはない、なんて本気で思っていたのに。
……なんか、幸せすぎて、そろそろ俺死ぬんじゃないか、とか思う。
「斉木」
「うん?」
「幸せだと、怖くならない」
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