その眩暈さえ心地いい。

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   そういえば、この煙草が出てくる映画があったな。  刑務所の中の……“ショーシャンクの空に”だっけ。  空を見上げても、映画の中に出てくるようなどこまでも広がるような明るい空があるわけじゃないけど。  夜空の深い、深い藍を眺めながら──俺はまた、さっき送り届けたばかりの陽香に会いたいな、と思った。  ……あの娘が、好きだ。どうしようもなく。  こうしてそばにいないときほど恋しくて、切なくて。  不在が恋を募らせ、加速させる。  俺は一体あと何度、こうして人知れず陽香を想って、涙をこぼさずに泣くんだろう。  彼女はどこにも行かないと、瞳や言葉で答えてくれるのに。  この締め付けられる感じは、紛れもなく幸せな痛みで。  苦しいだけの恋のときは、この痛みにずっと溺れて浸っていたいだなんて──そんなこと、思いもしなかったよ。  愛しさの眩暈にひとしきり浸って、俺は帰りたくもないひとりの部屋に、しぶしぶ足を向けた。 .
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