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「どうしたの?」
「何でもないよ。蚊が飛んできただけ」
真冬ではできない言い訳が出来て、夏様々だ。
そもそも夏でなければ花火はあまり上げないものだし、花火大会じゃなければ陽香が浴衣を着てくることもなくて、すべてが本末転倒なんだけど。
「虫除け、あるよ。使う?」
「いや……」
いらない、と言いかけて、ふと立ち止まった。
虫除けってだいたいハーブ系……。
ハーブのつんとするような爽やかな香りでも嗅げば、さすがに萎えてくれるだろうか。
「……やっぱり、貸してくれる?」
俺が弱々しくそう言うと陽香はうんと頷いて、「振ってあげる」と巾着の中から小さなスプレー缶を取り出した。
自然に離れた手が、心もとない。
「吸わないで、ちょっと息止めて?」
「ん」
シュー、と首筋にひんやりとした圧力。
続けて、手首から肘の辺りまでも軽く噴きつけられる。
「はい」
「……は、ありがとう」
思った通りの軽い刺激臭に、頭の芯からおかしな緩さが逃げていきそうだった。
それに安心して、スプレー缶を巾着にしまう陽香を何気なく見ていると、彼女は片付けたあと俺のデニムの腰のあたりに手を伸ばす。
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