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バイト上がりに急いで軽くシャワーを浴びてから、いつも通り陽香と約束している場所に向かった。
水気を取って整えてきただけの髪を、風が撫でていく。
真夏だから暑いのは避けられないけど今日は爽やかな風が吹いていて、それだけで少し涼しく感じる。
まあ、浴びてきたのはお湯じゃなくて水で、それでも夏独特の水道水の匂いが気になるから、出る直前に少しだけお湯を浴びてきたけど。水を浴びたいと思う程度には、暑い。
というか、自分の体温そのものが高い気がする。
……それもこれも、花火を見に行くのが楽しみだから気分が高まっているせい、なんて可愛い理由なのが自分でちょっと信じられなかった。
陽香にも言われたけど、確かに俺はこういうベタなイベントではしゃぐようなたちじゃない。
斉木に今日のことを話したら、めちゃめちゃ驚いてたし。
正直、話している間ずっと恥ずかしくて気まずかった。
耐え難いはずのその時間をどうにか耐え抜くことができたのは、今日の花火が楽しみだったから──というより、陽香の浴衣姿を見たかったからなのかも知れない。
オレンジに染まりかけた空を見上げながら、何となく懐かしい気分になった。
男と女のひととおりのことなんて、無意識のうちにとっくに通り過ぎてきてしまったのだと、少し前まではそう思っていたのに。
もし年上の女の人と縁を結ぶ機会なんてなかったら、今頃俺はこの景色を見ることができただろうか。
ちゃんと、陽香を見つけることができただろうか。
深く考えるまでもなく、答えはNOだった。
自分で選んでやってきたことに後悔なんてひとつもないけど、どこまでも素直で裏表のない陽香を見ていると、そうではない俺でいいのだろうか、と柄にもなく思ってしまうことがあって。
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