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ゆっくりと流れていく時間の中で起きた変化を嬉しく思うとき、“今”がものすごく愛おしく思える。
そして、いつか必ず見ることになる“今”の行く先が、今よりもっと嬉しいものであればいい、と。
そう念じることを忘れずにいれば、何となく未来が明るく開いていくような気が──するだけなんだけど。
不確かでどうしようもない、途方もない願いでも、何も思わないよりはずっといいはずだ、とも思う。
1日1日が、とても尊く感じられる今が、俺は好きだ。
そんなふうに考えるなんて、本当に柄じゃないんだけど。
自分で自分の思考回路に照れてしまう程度の理性はまだ残っていて、人知れず恥じ入った。
取り繕うように溜め息をつきながら、駅前に陽香の姿を探す。
けど、陽香はまだ来ていないようだった。
携帯を開いて時計を見ると、まだ10分前。
俺も陽香も時間より前に待ち合わせ場所に来る方だけど、さすがに今日は俺の方が舞い上がっているんだろうか。
けど、陽香を待つ時間……というのも案外気に入っているから、それにも昂揚してしまいそうになる。
……子どもか、俺は。
自分で自分を笑ってしまいたくなるのを何とかこらえて、もう一度大きな溜め息をつく。
そのまま、またにやにやと笑い出してしまわないように軽く口の中を噛んだ。
すると、黒の──いや、光沢のある深い紫のセダンが大通りの方からゆっくりと曲がってくるのが見えた。
なぜか目に入ったその車をじっと見ていると、俺の目の前で停まる。
え、と思って見ていると、後ろのドアがガチャッと開いた。
そこから、赤ちゃんを抱いた女の人が降りてくる。
そして──。
「……陽香」
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