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たぶん、撫子の柄──の浴衣がとてもよく似合ってる、と言いたいのに、人前でそんなこと言えるか。
すると、俺の視線がうろうろしていることに気付いたのか、陽香が「あ」と小さく声を上げ、慌てて車の方の2人を指し示す。
「あの、あちら、須藤雅也さん。兄貴の昔からの先輩で、専属のイラストレーターさん。で、こちらが関口亜由子さん。須藤さんの担当さん」
「……専属?」
俺が不思議そうな顔をすると、陽香はしまった、という顔をする。
「……兄貴、小説家なの。織部克行っていうんだけど」
「……え」
「なあに、陽香ちゃん。言ってなかったの?」
陽香のお義姉さんである美園さんは、抱いている赤ちゃんをあやしながら目を丸くした。
すると陽香は、「だって」と口を尖らせる。
「……なんか、自分でそんなこと言うの、恥ずかしいって言うか……」
「もう、ダメじゃない。そんなの、ヒトシくんにも失礼よ」
ねえ、と不満そうに眉を寄せながら美園さんは俺を見た。
と、言うか。
「織部、ってそうある苗字じゃないとは思ってたけど、いやでも、まさか」
身体の底から震えが来そうになって、俺は思わず口に手を当てた。
陽香と美園さんのどっちに宣言したらいいか判らなくて、俺はぼんやりと空気に漂わせるようにして、口を開く。
「あの……“桜月”がすごく好きです。中学生の頃から、けっこう読んでて……」
「やだ、うそっ」
陽香の顔が、かあーっと赤くなる。すると、美園さんがニヤリと笑った。
「……どこにいるか判らないものね、読者さんって」
すると、クク……と肩を揺らして笑いながら、車にもたれていた男の人──須藤さん──がこっちに歩いてきた。
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