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駅前にぽつんと残された俺たちは、車が走り去るのをしっかり確認してからようやくお互いを見た。
さっき後退ったままの陽香との妙な距離が気になって、どうしたものかと鼻の頭を軽く掻く。
「……あの」
……くそ。こういうのは出会い頭にさりげなく言うのが、たぶん一番いいのに。
妙な気まずさに羞恥心もプラスされて、言いにくいったらありゃしない……。
俺は咳払いをしてから、陽香に向き直る。
上から下までその姿を改めてしっかり見ると、陽香の身体が小さく揺れた。
「……めちゃくちゃ、可愛い。すごく似合ってる」
胸元で巾着を握り締めている陽香の顔が、かああ……とまた赤くなる。
うわ、久しぶりに見たかもしれない。この赤面。
一気にいけない衝動が湧き上がってきそうで、困った。
こんなことなら、浴衣なんてやめて軽装でおいで、と言えばよかった……なんて思ってしまうくらい。
いや、陽香も望んでたし、俺も見たかった。だから、いいんだけど。
……このあと斉木たちと合流して4人で練り歩かないといけないのに、もどかしいよ。
際限ない自分の欲望と衝動が、今日ばかりは恨めしい。
すると、もじもじしている陽香が俯いてぽそり、と口を開いた。
「……仁志くんに見てもらいたかったから……嬉しい」
はにかまないでよ、お願いだから。
嬉しいし、軽く興奮してしまいそうなくらい楽しい気持ちでいるのに、反面俺は泣きそうだった。
あの浴衣の裾を割って、綺麗にまとめられた髪も抱きしめて乱してしまって、メイクが落ちるくらいのキスをしたい。
女の子が自分を彩るのが、好きな男にそれを全部壊される為だったらいいのに。
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