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……と考えてから、花だって散らされる為に咲くんじゃない、ということを思い出して。
また、ぐっと我慢した。
だって俺は、男の子だから。
頭の中でじっくり5秒カウントしてから、咳払いをする。
……うん。大丈夫。平常心。
見た目では判らないようにこっそり息をつくと、俺はにっこりと笑って陽香に手を差し出した。
「……行こっか」
陽香はぱっ、と顔を上げると、花が咲いたみたいな笑顔を浮かべた。
……知らなかった。
この娘は、何の裏表もない笑顔ひとつで、男を殺せるらしい。
ふと、さっきの須藤さんの言葉が頭を過ぎる。
『──君、見る目あるわ』
恥ずかしそうに俺の手を取る陽香を見ながら、ふと織部克行の“桜月”を思い出す。
その本を最後に読んだのは高校に入った年の真夏だった。
勢いで、街中で見かけた愛美さんに勢いで告白して──あしらわれたあと、自分で不思議になって読んだんだっけ。
愛美さんを見て、あの高校に通うことを決めてしまって。
そして愛美さんを見つけて、やっぱり好きだと思って。
中学生のとき“桜月”を読んで、自分の理想はあのヒロインだと思った。
そのヒロイン像とはかけ離れた、少し派手めな愛美さんに惹かれたことが不思議で仕方なくて、でも好きで。
とっくに知っていたはずの“恋は理屈じゃない”ということを、あのとき俺は改めて理解した。
そのあと、流華さんとも恋をして……ああ、自分にはこういうひとが合うんだ、と沁みこむように思ったのに。
──あのヒロインのモデルになってる、っていう陽香にそれと知らずに出会って、救いようがないくらいの恋に落ちて。
……ああ、もう。深く考えるなよ、俺。
さっきクールダウンさせたはずの欲情がまたふつふつと戻ってくるような気がして、俺は歩きながらかぶりを振った。
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