その階にうつるもの。

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   どうして、判らないんだ。  どうして、そうやって一生懸命生きてる斉木と西川さんを、そっとしておいてくれなかったんだ。  ぐるぐると激しい後悔のような疑問が渦巻く中、俺の中で中居の叫びがこだましていた。 『私とあんたの、何が違うの? あんたも? あんたもなの? あんたも私がおかしいって、そう言いたいの!?』  ……頭では、理解している。  そういう苦悩は大なり小なり、みんな持ち合わせているものなのだと。  お前だけがその想いを抱えているのではないと。  認めつつ、そう優しく諭してやるべきなんだ。“そういう考えではいけない”と。  あくまで、間違っていることを前提に。  認めつつ否定だなんて矛盾しているようだけど、この人間社会では、自分の想いだけを主張していては生きにくい。  この時代に限らない、普遍的な正しさだと思う。  ほとんどの人が、それを肝に銘じて生きている。  ときどき、世界を壊したくなるほどの恐怖と不安に襲われながら。できないと仲間はずれになるだけだよ、と。  頭では、俺だって判っている。俺は人並み以上に、うまくやってると思う。  ──けれど。  中居の叫びがこびりついて離れない。  どうして、望んではいけないのかと。欲しがってはいけないのかと。 .
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