その階にうつるもの。

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   ……それは、俺の心の奥底に、澱のように沈んでいた想いだ。ものごころついたときから、ずっと。  頭がよくて、物分りがいい?  冷静で、冷たいと誤解されるくらい寛容?  そんなわけないだろ。  望んだら、何が何でも手に入れたくなる。  それが無理なら、きっと壊れるまでどうにかしたくなる。  自分で自分を抑えきれなくなることを恐れて、ずっと自分を殺してきただけなんだよ。  ときどき、恋をして。  それに惑わされて、溺れたふりをして、ああ俺はまだ大丈夫じゃないか、と安心する。  恋なんかに、俺の獣みたいな欲望の蓋は開かれたりしないのだと。  醜い感情が顔を覗かせて、その蓋に触れようとしたとき──俺は逃げてきたんだ、ずっと。  自覚した瞬間、腹の底にあった真っ黒い塊が一気に噴き出してきて、耐えきれず道の端の側溝に向かって吐いた。  なんで、今こんなときにそういうことに気付かされないといけないんだろう。  気持ちいいくらいの毎日を、ゆっくりと穏やかに生き始めたところだったのに。  吐き出した胃の気持ち悪さと、頭の中の茹だった澱みがくるくると円を描くようにシンクロする。 .
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