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──殺される、なんて恐怖は微塵も湧いてこなかった。
それどころか、泣きながら俺の首に巻き付いたネクタイを両側に引っ張る陽香を見て、ぞくっとした。
こんなに綺麗な女だったっけ、と。
最初から、綺麗で可愛い女の子だと思っていた。
だけど、そうじゃない。
軽い気持ちで、思わず男の気持ちをむき出しにニヤニヤしてしまうような、そんなのじゃない。
映画なんかで、あるだろう。
般若の面に白装束を着た夜叉が、すっと闇から現れる場面。
恐ろしいのにやたら綺麗で──綺麗という言葉が陳腐に思えるほど魅せられて、動けなくなるような。
それによく似た、静寂の中で底冷えするような、鬼気迫る魔性の恐ろしさ。
目の前の陽香が、正にそんな感じだった。
呼吸を妨げられて苦しいのに、そんな陽香に見とれて反応が遅れた。
視界がかすみかけた瞬間、堕ちそうだ、と思って──。
……はちきれそうな喉が自由になって、陽香の口唇が俺の口唇を塞いだ。
ハラ、と襟にネクタイがかかる。
急に肺に酸素が入ってきて、むせそうになった。
咳込むから陽香から離れようとしたけど、陽香は俺から離れようとしない。
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