僕はその淵を視た。

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  『心の中のこと、全部言って。吐き出して。それをぜんぶあたしに、ちょうだい』  さっき、とろりと歌うようにそう呟いた陽香の声を思い出す。  甘い毒を俺の中に注ぎ込むようなその声を思い出すだけで、頭の奥がジンと痺れた。  何度か咳き込む。  ぼんやりと靄のかかった頭は寝不足のせいか、精神的な疲労のせいか。  どっちもさほど変わりがないと結論付けて、俺の頭をかき抱く陽香に縋るように、抱きすくめる。  制服っていうのは、便利だね。  まるで学校の帰りそのままみたいで、何もなかったみたいで──このときだけでも、いつもと変わらない日常の中にあるのだと、錯覚できた。  はだけた肩に噛み付くと、陽香は信じられないような声を上げる。  その声は、おんなだ、と思った。 .
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