僕はその淵を視た。

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  「仁志くん……」  痛いなんて意地でも言わない陽香に苛立って、しつこいくらい責め立てる。  もう何が何だか判らない不規則な呼吸を繰り返しながら、陽香の全身が強張り始めた。  俺の腕の中で、頭だけでなく、上半身全部でいやいやをするように否定を示す陽香。  俺をその反応がいつもと違って、ああ限界だな、とやけに冷静に思った。 「──……っ!」  驚くくらい、2人同時にふつりと途切れて。  俺はまた涙をこぼしていた。  陽香の頬に落ちたそれを眺めながら、やっぱりこの女の子がいれば俺は何も要らない、と思えた。  それがどれくらい残酷なことか、しっかり思い知った上で。 .
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