僕はその淵を視た。

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   退院したらうちで預かる、と斉木の母親は気丈にそう言ってはいたけれど。  斉木の家族が西川さんを気に入っているとはいえ、今の彼女にとってそれがどういう状況なのかは判らない。  斉木の気配がたくさん残った家で、ゆっくりと時間を紡ぎながら癒されていけば、それが一番いいとは思うが。  ……頑なで強情なところのある女の子なだけに、やけに心配になった。 「仁志、大丈夫なの?」  玄関でスニーカーを履こうとしていると、背後から声をかけられた。  確認しなくてもここは実家なんだから母さん以外にはあり得ないんだけど、俺は立ち上がりざまゆっくりと振り返る。  昨日の斉木の告別式には、うちの両親は2人揃って仕事だった為、参列できなかった。  その代わり、ほとんど斉木家の身内だけで内々に行われた一昨日の通夜に、母さんが進んで手伝いに参加していた。  母さんと顔を合わせるのは、それ以来だった。 「……大丈夫だよ。どうしたの」  やけに青い顔をした母さんは、俺の顔をじっと見るなり、眼鏡の奥の瞳に涙を滲ませる。  それを見て、何かこみ上げるものがあった。  けど、しばらく泣くのはごめんだ。 .

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