192人が本棚に入れています
本棚に追加
゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。..。.:*・゚
雨の中、ふらふらと夜道を歩いて帰ってくると、一番会いたくなかった人が俺の部屋の前に佇んでいた。
「……どうして」
掠れた声で、そう訊くのが精一杯だった。
「……会いたかったから」
まだ、熱っぽい恋を帯びた声だった。俺も馬鹿だ。
覚悟して、大事な恋を引きちぎってきたつもりでいて──その声だけで、手を伸ばしてあの細い身体を抱きすくめたくなってしまう。
何ひとつ終わってないことを、自覚させられる。
「陽香……頼むよ、帰って」
傘からぽたぽたと雫が落ちて、俺の足元に小さな水溜まりを作っていく。
陽香はそれを見ながら、ゆるゆるとかぶりを振った。
「あたし、何も言ってない。仁志くんに」
「それを聞いたからって、どうなるんだ? 終わりだろ、どう考えても……」
「やだ」
「……頼むよ。そういうこと、言わないで」
すっかり泣き腫らした陽香の目。
それを視界に入れるだけで、俺の心が罪悪感で腫れ上がる。
自分のせいなのだから、いくらでもその痛みを受け入れるけど。
今にもはち切れて、血を噴き出してしまいそうな心。それを制御できる自信が、今はないんだ。
.
最初のコメントを投稿しよう!