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「話、しようよ。鍵、開けて?」
既に、いつもののんびりした声や口調ではない。
崖っぷちのおんなの声で、陽香はそう言うけれど。
──俺なんかが、その声に、指図に逆らえるとでも……?
聞こえないふりをして、その場から動かずにいることで精一杯なのに、陽香は追い討ちをかけるようにエレベーターホールで立ち尽くす俺に近付いてくる。
すっかり冷え切った手が、俺の手に触れる。
ビクッと反応した俺を、陽香は悲しげに見つめた。
「……あたしに触られるのも、嫌……?」
「そんな話なら、勘弁してくれないか」
「嫌。だって」
力を入れることができない指先に、陽香の冷たい指先が絡められる。
陽香の手は冷え切っているのに、そこからどんどん熱が流れ込んでくるような気がして、眩暈を起こしそうだ。
「言ったじゃない。仁志くんは、あたしのだ……って」
陽香の声にひそむ熱が、乱暴に彼女の中をのた打ち回っているのが判る。
それは俺が芽吹かせて、ずっと育ててきたもので──一番、大事にしてきたもの。
俺にしか向かないように、また俺が一番反応できるものであるように、2人でそうしてきたもの。
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